「オレ以外に誰がやる?」報復恐れず断罪 支持率8割、素顔のドゥテルテ大統領(1)

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今日から安倍首相はフィリピンをはじめとして、アジアの4カ国を訪問しますので、またまたドゥテルテ大統領ネタです。(;^_^A

 

ソース元

フィリピンのドゥテルテ大統領(71)が2016年6月末に就任してから、半年が経過した。死者を出すこともいとわない強硬な薬物犯罪捜査を進め、連日のように暴言を振りまいている。にもかかわらず、国民の8割という圧倒的な支持率を誇るのはなぜか。地元のダバオ市で、その素顔に迫った。

ドゥテルテ大統領の若い頃は、意外とハンサム(;^_^A

 

「ほかの検事はみんな殺されるとおびえていた。検察のトップが市長に、彼しかいないって進言したんだ」。高校時代から50年近くドゥテルテ氏と親交のある、実業家のサミュエル・ウイ氏(63)が30年ほど前のことを振り返った。彼は16年の大統領選でドゥテルテ氏を資金面で支えた、有力な支援者だ。

1980年ごろ、マルコス独裁政権は「共産勢力を掃討する」という名目で戒厳令を敷き、国軍や警察が反政府活動家らを弾圧。フィリピン共産党系の武装組織「新人民軍(NPA)」が軍人、警察官を殺害する事件も度々起きていた。

正義を守る最後のとりでとなる検察は、国軍・警察の不正やNPAの凶行を摘発するどころか、報復を恐れて見て見ぬふりをしていた。そこに独りで立ち上がったのが、ダバオ地検の若手検事、30代のロドリゴ・ドゥテルテ氏だった。

「何もしなければ、必ず悪がはびこる。俺のほかに誰がやるんだ?」。これがドゥテルテ氏の口癖だった。

幾度もその身が危険にさらされたが、ドゥテルテ氏はNPAはもちろん、市民を弾圧し、汚職に手を染めた軍人や警察官を、高官であろうと次々に起訴した。国軍が容疑をでっち上げて共産党員を拘束した時は、国軍も捜査し、容疑が不当だと判断すれば釈放した。

 

起訴した共産党員、後に側近として重用

ドゥテルテ氏と長年親交のあるサミュエル・ウイ氏(左)とロレンゾ・テ氏

 

ウイ氏は「いつでも誰にでも公平で毅然としていたから、共産党からだけじゃなく、国軍や警察からも徐々に信頼されるようになった」と話す。実際、無報酬でボディーガード役を買って出た警察官が何人もいた。

当時、ダバオ地検で同僚だったアントニナ・エスコビリャさん(76)は、ドゥテルテ氏の印象を「控えめだったけど、部下や事務員にも気さくで、法律家としてとても高い倫理観を持っていたわ」と語る。大統領になったドゥテルテ氏の行動パターンは夜型だが、当時は午前8時半前に裁判所に出勤し、午後は自らの足で事件現場を歩き回って捜査していたという。

ある時、ドゥテルテ氏は暴動事件に関与したとして1人の共産党員を起訴した。

しかし、彼が現場にいなかったことを示す証拠が認められ、無罪判決が下された。ドゥテルテ氏は、その共産党員レオンシオ・エバスコ氏に能力を見いだしたからか、ダバオ市長に就いた時に顧問として迎えた。

大統領選では選挙参謀を任せ、当選後は大統領府長官に起用した。この人事には、司法判断を尊重し、合理的な判断を下すドゥテルテ氏の一面がうかがえる。

 

30年ほど前から交流のある実業家のロレンゾ・テ氏(64)は、被告となった警察官や共産党員の弁明に真剣に耳を傾けていたドゥテルテ氏の姿を覚えている。

「フィリピン国民の多くは経済的に下層に属するため、貧しさから犯罪に走ることもある。その問題に光を当てたかったんじゃないかな」。

緊迫した社会情勢の中、向こう見ずで正義感にあふれる検察官、ドゥテルテ氏の名は、次第にダバオ市民に知られるようになった。

 

「ほかの子がしないことに挑戦していた」

1945年、南レイテ島で生まれたドゥテルテ氏は、ほどなくしてミンダナオ島のダバオ市に移り住んだ。

父のビセンテ氏は旧ダバオ州知事やマルコス政権初期の閣僚を務め、母のソレダッド氏は長年教師として働いた。家庭は比較的裕福だったが、父親はお下がりのズボンをはかせるなどぜいたくを許さず、母親のしつけも厳しかった。

30代の検事時代のドゥテルテ氏(中央の長髪の男性、1980年代初め)

 

ドゥテルテ少年は、厳格な両親への反発からか、しばしば問題を起こした。

母親は05年、地元紙に「いつもほかの子がしないようなことに挑戦していた」と語っている。14歳で軽飛行機を操縦して家の周りを飛んでいるのを見て腰を抜かしたという。

高校はダバオ市の名門に通ったが、神父に石を投げたとして、別の高校に転校させられた。「皆が4、5年で卒業するところを7年かかった」(テ氏)。

ドゥテルテ氏がやめさせられた名門アテネオ大学ダバオ校付属高校

 

ドゥテルテ氏は政権に気心の知れた同郷人や旧友を数多く引き入れている。幼なじみで経済界出身の財務相カルロス・ドミンゲス氏(71)は「何事もやると決めたら、絶対に譲らなかった。今と変わらない」と証言する。

ドゥテルテ氏と同じ下宿に住んでいたセサール・ドゥライ氏は、「自分より背が高いから」という理由で何度も売店のたばこを盗むようけしかけられたが、きっぱり断っていたという。

今は内国歳入庁(国税庁に相当)の長官を務める同氏。ウイ氏は「昔からの生真面目さが起用された理由さ」と冗談めかして話す。

 

首都マニラの大学を卒業した後、法律家を志し、サン・ベダ法科大学で法曹資格を取得した。トゥガデ運輸相やアギーレ法相、サラリマ情報通信相は法科大学の同級生だ。

ドゥテルテ氏は国の警察学校で教えた後、77年からダバオ地検で働き、86年に退職する時は次席検事まで上り詰めた。

法に忠実な法律家であり、不正や犯罪を見過ごせない正義漢でもあるドゥテルテ氏。

大統領として進める薬物犯罪捜査に関連して殺害された人は「自警団」による可能性があるものを含め、半年で6200人を超えた。国連などは「超法規的な殺人が行われている」と批判する。

古くからドゥテルテ氏を知る人々が強調するのは2つ目の「正義漢」という顔だ。「彼は権力を悪用する人や、のうのうと生きる犯罪者には我慢がならないんだ」

 

 

 

 

大橋東洲 プロフィール(学生時代)→ こちら

大橋東洲 プロフィール(社会人から、なぜセブ島へ?)→ こちら

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